11/16/2018

松本喜三郎

夏前のことですが、江戸の天才を観に熊本へ。光太郎によって名指しで批判され、近代から削除され続けてきた立像。熱心な近代彫刻の紹介者であった光太郎にとって、これらが最も遠ざけなければならなかった存在であった事がよくわかる。リアリズムの追求の仕方が異なることは明らかだが、西洋彫刻のように心棒がなく、提灯のような構造で見事な立像を実現している。ご住職の話だと、修復のために服を外し、足の留め具を外しても傾いたり不安定になる事なく、見事な立ち姿を維持していたという。

松本喜三郎作「聖観世音菩薩像」明治20年 熊本市来迎院蔵


松本喜三郎作「谷汲観音像」 明治4年 熊本市・浄国寺蔵